ヤングキャリアセンター埼玉は使える。若年層の人間しか来ないところがとっつきやすい。
以前誰かに話したことがあるかもしれないけれど。私は大成の職安に年に1〜2回くらい必ずいく。時間があれば中にも入ってみる。これはある意味儀式である。
何人かの親しい友人も知っていることなのだが、私は前職を病気のため退職した。いわゆる過労死寸前だったらしい。当時、自分はおかしかったのでそこまで深刻な状況だとの認識が無かった。普通に働いていけると本気で思っていた。でも実際は家で倒れるし、職場でも倒れた。
そうしてその職場をやめざるを得なくなった。当時20代だった私は年からすると分不相応な金額の収入を得ていたように思う。カードを使うのにイチイチ残高を気にした記憶は無い。買いたいものを買いたいタイミングでかっていた。会社をやめて養生することになり、しばらく経つと実感を持って異常な勤務状況であったことが理解できるようになった。
そうして次の仕事を探すわけだ。
しかし、当時は就職氷河期!不景気のど真ん中である。まったくと言ってよいほど適当な仕事は無かった。そんなときに職安に行った。そこには40代〜50代と思われる中年男女がひしめき合っていた。もちろん若いのもいるにはいたが、ほとんどおじさん、おばさんの類である。
殺伐とした雰囲気。はっきりと殺気が感じられるような緊張感。重苦しさ。閉塞感が職安の狭い空間にビッチリつまっていた。程なくして現在の会社に縁して今に至るわけだが、あの緊張感と雰囲気は絶対に忘れてはならないと思う。たまたま私は仕事にありつけたに過ぎないと本当に思う。そしてその会社がたまたま居心地の良い場所だったのだ。休暇も取りやすいしもともと日曜祝日は完全に休みだし。給料も福利厚生も悪くない。でもそれはたまたまだ。自分が作り上げたものでなくたまたまそこにあっただけ。運よくそこに入っただけ。
だから忘れてはならないと思う。怠けそうになった時。『こんなもんだ』と傲慢になった時。私は職安に行く。あのときの自分を思い出すために。チャンスを呼び込み、ものにし、更に広げてゆくアグレッシブさを失わないように。どんなことでもやってやる!とのハングリー精神を思い出すために。
こうしてもう6年くらいになるが私の儀式はまだ続いている。
だから仕事や就職に本気になれない若者が理解できない。だからまたいく。