トマの日記

忘備録、雑感、所感などを日記形式で書き綴る。昔はノートに日記を付けていたけれど、ノートを持ち歩かなければいけなかったので、ブログ形式でWeb更新出来る様に変えたのがきっかけ。

パラサイトシングルのその後

パラサイトシングルと言う言葉が生み出されてもう10年以上経つ。当時はパラサイトシングルとは独身貴族と同異義語だった気がする。

1.可処分所得が多くその自分の収入の大部分を自分に使える。
2.親と同居の為、生活コストが低い。
3.親が生活の面倒をみるので生活能力(掃除、選択、炊事)が低い。

などなど。ところがこれがこの10年で変貌し、親に規制する子供ではなく、収入減や長い不景気のせいで親と共生しなければ生きられないという側面を持ち始めたという。


(以下ブログ記事抜粋)

この10年間に起きた景気低迷や学卒者の就職難、非正規雇用率の上昇といった社会環境の変化を考えると、自らすすんでというよりは、やむを得ずパラサイト・シングルとなったり、パラサイト・シングルを続けざるを得なくなった人々も多い。したがって、山田教授がこの問題を否定的に議論した当時とは異なり、現在はむしろこのパラサイト・シングル化の動きを、家族内の「リスク・シェアリング」として積極的に見て良い面もあるように思われる。

 しかも、そのリスク・シェアリングは、子どものリスクを親が支えるだけではなく、高齢化する親のリスクを子どもが支える側面も観察されており、決して一方的な関係ではない。また、親の経済的利用可能性が階層化を進めるというよりは、むしろ、経済的にまだ余裕のある親が生活の苦しいパラサイト・シングルを支えて、双方の経済力が平準化する(中和する)という所得再分配の機能も存在しているようである。

 つまり、現在のパラサイト・シングルは、パラサイト(寄生)というよりは、クマノミとイソギンチャクのような「共生関係」にあるのではないか。景気低迷、就職難という子のリスクや、高齢化、要介護化という親のリスクに対して、家族が寄り添いあって対応している(してきた)結果としてのパラサイト世帯も、1000万世帯の中には相当含まれていると思われる。

 もっともこの共生家族は、その一代限りで完結して終わり、次世代には続かないという問題がある。最大の問題は、その過渡期である。結婚も出産もしなかったパラサイト・シングルが親を失った後に、親の老後を支えていた分だけ貧困化すれば、結局、誰かが彼らを支えなければならなくなる。しかし、誰の親でもないパラサイト・シングルを、まったく彼らと無関係な他人の子どもたちが、ただでさえ高負担にあえぐ中で、「助け合い」として支えてくれるのかどうか、大きな課題である。

(抜粋終わり)


これって同居を前提にコン活すれば解消されるんでない?と思うのは私だけでしょうか。結婚しようとするパラサイトシングル同士がどちらかの親と同居。そして同居してないどちらかの両親には積極的に夫婦が援助、サポートすればよいのでは?と思うのだが…。世の中そうは上手く行かないのでしょうか?