トマの日記

忘備録、雑感、所感などを日記形式で書き綴る。昔はノートに日記を付けていたけれど、ノートを持ち歩かなければいけなかったので、ブログ形式でWeb更新出来る様に変えたのがきっかけ。

デモの実態

中国で行われた反日デモの実態について日経新聞からレポートが出ていた。

(以下記事抜粋)

満州事変の発端となる柳条湖事件から81年の9月18日。一時5千人規模に膨らんだ北京の日本大使館前の反日デモは、相当数が政府の演出だった。
「動員で北京に行ったよ」。河北省固安県白家村の李旭軍(仮名、30)は打ち明ける。17日に自宅に来た村の幹部は「車も用意した。明日、北京に行くぞ」と告げた。50キロ北の北京へ。周辺の村の農民も含め600人がバスで向かった。「デモでは公社(村)幹部が準備した毛主席の写真や横断幕を持って叫んだ。弁当も出たな」と李。手当については口を濁すが、村近くの商店員、黄美佳(同、23)は「1人50元(620円)もらったようだ」と漏らす。
共産党指導部が認めた官製デモは、北京から固安県に公安(警察)を通じて人集めを要請したとみられる。北京に向かうバスのナンバーは事前登録し、検問もわけなく通過。公安が仕切ったデモは、警察学校の学生が先導した江西省南昌やデモ隊の先頭が公安と親しく話す四川省成都の例にも垣間見える。

 「屈辱の18日」に日本への怒りを演出するには前週末に匹敵する1万人近いデモ隊が欲しいが、18日は平日で盛り上がりを欠く恐れがあった。一方で暴徒化は防ぎたい。大使館に石など投げず、指示通りに動く農民はその役割にぴったりだった。

(抜粋記事終了)

前にも紹介したが反日デモで大規模なものは殆ど自作自演だ。彼らにとってはお仕事なのである。ついでに日頃の鬱憤も晴らせて丁度いいのである。悲しいかなこれこそが繁栄の割りに貧しい国を作ってしまう元凶なのだろう。