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出来る子とできない子

人類応援ブログというブログがある。

こんな記事が書いてあった。

自分の「先生」としての原点はここにあるのだと思います。その後も度々宿題の手伝いを行い、解説に苦心したり、躓いている分野の基礎分野を教えたりと、色々な工夫で勉強のサポートを行いました。そして指導していくうちに「出来ない子」たちは、単純に様々な事情で「学ぶ機会」を奪われただけで、能力にも意欲にも全く問題がないということがわかってきました。

確かに僕と同じように引きこもりで学校に言ってなかったり、病気で家から出られなかったりということが早い時期からあると、基礎学力の構築は極めて難しいものになります。その生きた実例が病院で出会った患者仲間たちだったのです。


「自分は特別に頭がいいから難関中学に受かった」と考えていた自分としては衝撃でした。自分は単に「学ぶ機会」に恵まれただけだ。収入に余裕があった親から手厚いサポートを受けていたから、たまたま成績を上げる「機会」に恵まれただけだ、強くそう思いました。自分の傲慢さを恥ずかしく思いました。


そんなことを考えながら、いつしか入院して8ヶ月が過ぎ、退院が許可されました。


気になった人は題号を検索して探してみてください。


凡人と天才との違いはどこにあるのか?


という問いにホワイトボードにスッと線を一本引いて、『この線の上としたの違いしかないよ(笑)』と言った教育者の話を聞いたことがあります。目から鱗でした。出来る子とできない子の差は置かれた『環境』と『支援体制』の差があるという見方は衝撃的。


設備に差があったとしても『意識的』にそれを補うつもりでバックアップサイドがサポートしたらほぼ勉強している本人の『能力差』は関係無く『秀才』が作れるって事になる。これは非常に気づきにとんだ内容だと思った。