読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

まともな国に生まれて

日本は世界的に見ても恵まれた国だと私は思う。

 

世界的に治安がいい国とか、平和な戦争が70年近くない国だとか、世界一の技術力が有るとかそんな事はどうでも良いくらい。

 

安定した国だと思う。

 

私が思うまともな国とは明日食べるご飯を心配しないで良い国民が過半数いる国という認識だ。

 

働こうと思えば働いて収入を得る事が出来る経済状態だという認識だ。

 

色々問題はあるが、日本はどちらも満たしている。

 

上を見てもキリが無いように下を見てもキリが無いのだが、世界にはもっと想像も出来ないほどの過酷な国がいっぱいある。

 

一日中死力を尽くして働いても、食えない国。

 

仕事をし様にも仕事すらない国。

 

今、私が住んでいる中国は超学歴重視、経験重視の社会だ。

 

学歴が無いものはスタートから明確に区別される。

 

日本みたいに実力が有れば、高学歴者を追い抜いて先を行く事なんてほぼ不可能だ。当然例外はあるが、日本に比べたら本当に例外だ。

 

ただ、経験値に裏打ちされた実力だけが、ブレイクスルーの突破口というのはまだ救いがある。

 

日本の若者はそんな過酷な超大国の自分たちよりも10倍もハングリー精神と実力が無いものを蹴落とすのは当たり前を自覚している人たちと戦ってゆく事になる。

 

自分もそうだが、はっきり言って、今の日本人は戦後の軌跡の復興と遂げた先輩方の遺産で暮らしているボンボンの様なものだ。

 

これには何一つ例外なんてないのかもしれない。

 

いま、海外暮らしが4年目に突入して、帰れるころには6年以上海外で暮らしている人生になるだろうが、つくづく日本に生まれて助かったと思う。日本はその気になれば学習環境が整いすぎるほど整っている。整いすぎるというのは多種多様化しすぎて、自分に合った方法を選び取るのに難儀するからだ。

 

日本語は世界でもぐうを抜いて難しい言語のひとつというのもありがたい。

 

それをネイティブで話せる環境にいたお蔭で、他の言をを習得するスピードが格段に速い。それはそうだ。1万語以上を操らなければろくに意味が通じない日本語に対し、600語程度で日常会話ができる中国語。同じく、世界共通語の英語。

 

中学校から大学卒業までの10年間勉強しても英語はまったくしゃべれなかったし、読めもしなかったし、書けも当然しなかったが、全く勉強しなおさなくても、中国に住んでいた前の3年間の赴任で簡単な読み書き、片言の会話はできるようになった。

 

中国語も1年ちょっとで日常会話なら問題なくなった。

 

これは自分が頭がいいとかそういうことを言いたいのではない。それだけのポテンシャルがごく普通の日本人なら備えていると言ってるんだ。

 

だから、あと必要なのは競争環境に身を置くことだけ。日本人と競争しても面白く無いから、できるだけ海外の異文化、異人種の人と競争する事。その瞬間、日本で暮らしていた時と全く異なる衝撃を受けて、入っていなかった変なスイッチが入ることを請け合う。

 

外は本当に面白い。大変だけど。

 

生きてるのって、結構意識しないと維持できないのね?なんてたまに思ったりもするけど。それも醍醐味。最近、大好きだったTVゲームやPCゲームに興奮しなくなってきた。だって、やり直しがきかなくて、致命傷を負うと一発アウトの海外一人暮らしの方が、毎日面白いんだもの。仕事も、日常も。ゲームより、リアルが面白すぎてゲームのテンポが遅く感じるようになってしまった。