トマの日記

忘備録、雑感、所感などを日記形式で書き綴る。昔はノートに日記を付けていたけれど、ノートを持ち歩かなければいけなかったので、ブログ形式でWeb更新出来る様に変えたのがきっかけ。

こうして無茶が生まれて行く(笑)

最近の中小企業はグローバル化の波に揉まれて、海外に進出している事も多いかも知れない。

 

格言う自分の所属会社も、海外に協力会社を作って、日本の部署の人が駐在する様になって20年を超える。

 

黎明期の駐在者は語学訓練の傍ら、実務訓練も海外で修行して来るスタイルで、対象とする商売の技術力が、海外の方が高く、訓練生的位置づけだったので、若い人が多く派遣されていた。

 

中国経済の発展に伴い数多く、中国へ駐在した初期の頃の駐在者は溢れる中国国内での仕事をまるでモグラたたきの様にやっつける超実務執行型の駐在員だった。新人から成長し、中堅クラス一歩手前位の人が派遣される事が多かった。この時期に修羅場経験を豊富に積んだ人達が、いま部長クラスになっている。

 

そこから、時は流れて、20数年後の現在。

 

駐在者の存在意義は管理コントロールに変わって来た。

 

現場仕事に習熟している事はいわずもがなで、専門外の仕事にも造詣が深いスキルを要求される。プラスアルファ前例の無い仕事をこなす力量を求められる人材にシフトしている。イメージ的には管理職クラスで、マルチ展開可能な人材像だ。専門外でも、取りあえずこの人に頼めば何かしら答えが出てくるという様な何でも屋。

 

例えば品質管理の人間でも、技術的な事が解る人とか、生産の人間なんだけど、品質管理ができる人とか。

 

で、私の場合。品質管理の人間なんですが、新規製品の技術移管、海外工場間移管、海外工場の工場品質監査、海外工場の工場間製品移管監査及び改善、各種規格対応へのシステム監査などが実績でやってきた事(笑)

 

普通、技術がやったり、生産部の管理職クラスとコンビでやったりする内容で、品証の人間が単独で、然も海外でやる事は少ない事柄である。つか、私以外に海外にそんざいする工場間の製品移管を手掛けた人はうちの会社に居ない。日本→海外工場は私以外に実例はあるけど。これも、実は最初に仕組みを作ったのは私。

 

でだ。

 

以前にも日記に書いたが、トマさんどんな仕事してるんですか?と近所に住んでいる日本人(営業本部長クラスの方)に聞かれたので、やってた仕事をそのまま説明したら、「それ普通、部長とか取締役クラスがやる仕事じゃないんですか?」と驚かれた。当方、平社員ですが何か?(日本にいる時は係長だけど、海外に出ると役職が消える。管理職か、一般職かの区別しか無くなる)

 

なんでこんなことを書いているのかというと。

 

間もなく私の交代要員が次期駐在者として、指名されるのだが。指名される側の人材に正直私の交代で上記業務を振られてこなせる人がいない。いないのは経営陣も理解しているらしく、交代要員として最低限やってゆけるだけの教育訓練をこの短期間に施す様にとシステム管理部署(IT的な奴では無くISOとか環境とかのマネジメント部署ね)へ研修計画を出す様に指示を出したらしい。

 

そのシステム管理部署の上長が、「うちで社内教育出来る海外監査員研修は工場の維持監査レベルです!」と経営会議へ言い放った。

 

どういう意味か?

 

1.海外監査員は海外への技術移管

2.海外工場間同士の製品移管

3.新規工場の製品製造移管と品質管理レベル向上。

 

が求められる。これら大きな3つの仕事の内、社内研修で教育できるのは1.のごく限られた部分だけで、大前提として1.の対象工場は既に工場として成立している工場だと言う事。これから工場を作りますとか、買収した工場を自分の所属会社の品質レベルに改造、改善すると言うのは研修を受けたくらいでは出来る様になる訳無いからそのつもりでね?と言ったのだ。

 

まあ、そりゃそうだ。チェックリストに基づいて行われる監査だから、チェックリストの前提が、出来上がってる工場見る為の物だからね。

 

それを、私はその一番プアなチェックリストから、足りない部分を新たに構築し、計画化し、過不足ない改善リスト化して、最終的に工場丸ごと一個を生まれ変わらせた。設備的にも人員的にも。

 

それを8ヶ月間で行った。

 

通訳を使う時期も有ったが、いつも帯同してくれる訳では無いので、自分で中国語を駆使しながら、現場を飛び回ってやったのですが。(飛行機で千キロ単位移動しながらナ!)

 

自分が担当した事無い製品群の管理知識も当然必要で、加えて、現地調達できる事柄から、再構築して自社と変わらないクオリティーを維持させるアイディアが必要。それを実際、新会社にやらせる現地語でのコミュニケーションも必要。

 

自分でやっといてなんですが、正直、誰にでも出来る仕事の範疇とは思えません。

 

人によってはストレスでおかしくなるレベルだと思います。

 

イメージ的には蜂須賀小六を抱き込んで、墨俣、一夜城をつくった秀吉と言うと格好良すぎですかね?

 

現地のローカルメンバーに今までの仕事ではやった事無い手法を理解させ、実行させる。予算を分捕って、金を掛けて工場設備を入れ替えさせる。必要なら補修、修繕も行う。組織を新設し、製品と検査の流れを根本的に切り替える。

 

こんなことを無錫と広州で飛行機で行ったり来たりしながら、やってたわけです。

 

で、それを私以外に出来る様に一週間くらいの社内研修でしてくれってオファーを経営会議が出したので、担当部署の課長が、「無理!!」という訳にもいかないので、「ここまでしか出来ませんよ?」と意思表示したのです。トマさんは別格で、アレをイメージして研修で作れると思わないでくださいね?って事らしいです。

 

まあ、私も同じ社内の海外監査員研修を受けて合格証を頂いてますが、当時、社内で選抜された6名の受講生の中で、ダントツ一位の成績だったと担当部署の課長さんから後で聞きました。

 

今もその方が、担当部著の課長さんなんですが、「アレは例外中の例外」「あの人は研修やるやらない以前の問題で元から出来る力量のある人が後付けで研修受けただけ」と評されているそうです。

 

それで、ある日突然、担当部署の課長さんから、『お前を内の社内研修で、複数人作れって、経営陣から言われてるんだけど、無理!って答えていいかな?』と電話をもらったんです。

 

いきなりだったので、『DNAでも提供すればいいんですか?』とボケをかましてしまいました。『クローン作りたい訳じゃねーYo !』だそうです(笑)

 

伝わりにくい様でしたら、正直無理っす!って、報告したらどうですか?とお答えしましたが、帰って来た答えは『だよな~』でした。だって無理だもん。

 

そもそも、その手の厄介事は本当は技術の管理職が駐在しているのだから、そっちに回るのが筋です。その人課長だし。でも、口から生まれた様な私はしゃべるのが得意なので、ローカル職員のウケが良く、特段揉める事も無く、色々職場に入り込んでいるので、組織を動かせる人と判断されたらしいです。結果、当時丸投げされたんですが、上手い事たまたま行ったので、持ち上げられてます(笑)

 

自分が特別何かが出来ると思った事はありません。他の人たち、他社の人を含めて、凄いね!と褒めてくれる仕事を成した時も、大したことをやった気持ちは本当にないんです。だって、私が出来る事なんてたかが知れてます。みんなが協力してくれるから、事が動くんです。力を貸してくれる人がいるから、仕事がさせて頂けるんです。

 

なので、いつも自分が心がけているのは機動警察パトレイバーの特車二課第二小隊後藤隊長の明言。

 

『みんなで幸せになろうよ

 

です。

 

私はどうしたくて、それはなぜしなくてはいけないのか?

 

それはそれを達成するとあなたたちが幸せに近づくと信じているからです!

 

とこれを事ある毎に、手を変え、品を変え、別の言葉に置き換えて、侵透するまで言い続ける。やって見せる。やって見せたら、やらせて見せる。この繰り返し。出来た事は評価して褒める。

 

必要なら、自腹切って、賞金も出します。

 

実際出した事もあるし(笑)

 

これらをたかだか一回の研修なんぞで出来る様にするって、どんなスーパーカリキュラムだよ!という訳です。

 

ああ、改めて言われると確かに凄い事したのかも知れないと思う程度ですけど。所詮、人ひとりが出来る事なんてたかが知れてます。大義を成すのは人です。私の仕事は人をつなげ、団結させ、組織を作り、目標を示す事だけです。

 

やってくれたのはその目の前の人達です。私は何もしてないし、出来てない。やってもらった事にありがとうしか言えませんから。