トマの日記

忘備録、雑感、所感などを日記形式で書き綴る。昔はノートに日記を付けていたけれど、ノートを持ち歩かなければいけなかったので、ブログ形式でWeb更新出来る様に変えたのがきっかけ。

これは社会学なのか?

突然ですが、私は『古市 憲寿』が大嫌いだ!

 

まあ、個人の好き嫌いは好みの問題なのでそれ自体はどうでも良いのですが。

 

ズケズケと言いたい放題コメントを放言する事を気に入らないと思っている訳では無い。そんな人はこのご時世いっぱいいるし。

 

どうも、私は彼を『学者』と認めたくない無いらしい。最近たどり着いた結論。

 

彼の著作は人気を博しているし、大学院も出ているし、まあ、それなりに論文は書いているので読みやすい文章を書くことに長けているみたいですが。

 

どれも、所謂社会学的なデータの分布を考察した読む側をうならせる核心に迫る『真理』みたいなこれが言いたかったからこの本を書いた!というような結論にたどり着かない。

 

今の若者ってこうなのよね~!おっさん達の考えズレてるよ~!

 

というのが徹頭徹尾この人の結論な気がしてならない。

 

大事なのは学者である以上、『で?』の部分でしょう。

 

それを私が脳ミソ足りないせいか、解らない。

 

個人的にこの人発達障害系の何かを持ってそうに見えるのですが、それも医学的に判定していないから解らないし。ズケズケ物を言うのも、意図して仕掛けているのではなく、ナチュラルにそれが一番いいと思っている節が有る。狙っている訳では無くて、生来所謂空気読めない人なんだと思う。

 

それ自体は別にどうでも良いのだが、彼の著作を見る限り、彼が批判している対象も、以前何処かの誰かが似た様な事言った事の焼き直しに思える。言い方の問題。

 

古市 憲寿さんの方が、上手い言い方をしてるだけに見えるのだ。

 

そういう意味では才能がある人なんだろうが、どうも学者の匂いがしてこない。文学プロデューサーとかならまだしっくりくるけど。

 

まだパラサイトシングルという言葉を生み出した山田昌弘さんの方が社会学者っぽく感じる。

 

社会学って切り取った社会現象から、未来を予見し、役立てる学問だと思ってたんですが、何も起こらないのが古市 憲寿さんの社会学な気がしてどうも、納得いかない。

 

まあ、それこそどうでも良い話なんですが(笑)

 

日記だからね。

 

日々思った事も自由に書けないなら、そんな世の中は糞食らえな訳でして。そういう意味で、国家を馬鹿にした位で、トッ捕まったり、大学入学資格を剥奪されたりしない日本はとっても平和な良い国だと思う。